去った先輩、残された俺

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 (今日は、鳥目を立ち上げた頃、俺が大学4年生だった頃の話をポツポツと)

 大学4年の冬、誕生日に鳥目を立ち上げた。底冷えといって、京都の冬は嫌な寒さを伴う。部屋でブルブル震えながら、コーヒーで体を温め、鳥目をせっせと作っていた。

 ホームページを持った理由。それは、ライフスタイル全般に於いて、自分が活動していく為の土台みたいなものを、他ならぬ自分の手で作りたかったからだったと思う。自分が作ったものを置いておく場所・・・創作活動上の基盤のようなものを作りかったし、それに即座に反応がもらえるWEBという仕組みに可能性を感じていた。やっぱり自分の気持ちが入ったモノに対して何らかのコメントをもらえるのは単純に嬉しい。モノ作り人の原点だ。

 今では面倒くさくて鳥目の宣伝活動なんて殆ど全くしていないけど、立ち上げ当初はそんな思いがドカンと噴出したばかりという事もあってか、宣伝も割と頑張っていた。うーん、あんな拙いサイトを宣伝していたかと思うとかなり赤面ものだけど。くどいようだけど、初代は何故か外見的にメチャメチャ可愛いサイトだった。
 何人かの京都のクリエイター達ともネット上で交流があった。ネット友達のカウンターのキリ番(2000とか2222とかキリのいい数字)をゲットして、ちょっとした景品をもらったりもしていたな。
 写真、イラスト、文章・・・当時は、そういった創作者達のサイトばかり回っていた。見るサイト全てがカッコよく、斬新で、勉強になった。俺にとってクリエイター仲間の皆が皆"先輩"で、あの頃はネットサーフィンが楽しかった。

 そして、2年半の月日が経ち、"先輩"達のサイトは次々に休止し、閉鎖していった。鳥目の立ち上げ当初からのネット友達で、今もサイトを続けている人は、もう殆どいない。なんだか俺だけぽつんと取り残されてしまった気がして、ちょっとだけ寂しい。
 ネットサーフィンもすっかりしなくなってしまった。宣伝する元気もどんどんなくなっていった。鳥目が単なる苦悩の吐き出し場所になっていた。それは自分自身にしか発していない言葉の群れだった。

 そうして俺は「誰かに何かを伝える」という初心を忘れていった。

 2001年のゴールデンウィークは、ひたすら創作のための下準備に費やした。勉強や練習に明け暮れた。そして錆び付き始めていた俺の感性を磨こうとした。そうして鳥目も6代目に入った。デザインは全く違うけど、アティテュードの面で初代に戻った。俺は、作る意欲や楽しさ、「誰かに何かを伝える」事を思い出した。

 昔からの"先輩"は、もう殆どいない。俺独りで頑張るしかない。
 でも、なんだか続けていけるような気はする。何よりもまず、やってて楽しいという気持ちがある。ホームページで観る人を楽しませたいという欲も戻った。そして、「穏やかだけど破天荒」という、全く何を考えているんだか訳の分からない強気の俺を取り戻している。