「優しい顔」

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2001年4月1日 日曜日
 とても早い時間に目覚めてしまった。熟睡できない日が少し続いている。
 道の雪もすっかり融けた事だし、気分転換に久々に長距離ドライブに行こうと思い立つ。季節は、もう春だ。
 ドライブついでに実家・旭川に少し立ち寄る事にしてみる。

* * *

 弟と俺とは、見た人10人が10人とも口を揃えて言うほど、全く似ていない。もちろん高めの背丈や細めの体型など、大まかな部分は共通だ。でも、顔もそうだし、性格や考え方、喋り方、趣味趣向、服、とにかくあらゆる面で全然違う。共通項と言えば、互いに小さい頃から親しんでいる音楽、ドラムとギターの演奏くらいだ。

 パッと身の違いを弟カップル達による言葉を借りて言うと、俺は「優しそう」、弟は「悪っぽい」という表現になるらしい。俺は25歳、弟は21歳だけど、俺のほうが年下にすら見えるらしい。

 でも、タイプは全く違うけど、仲は悪くはない。というか、歳が4歳離れているせいもあってか、昔はたしかに会話する事もあまり無かったけど、でもこの歳になって、そこそこ喋るようになった。

 そう、例えば、特に俺が自分の同級生とばかり遊んでしまい、弟の事をかまってやれなかった事がある。当時の事を思うと、すまない気持ちでいっぱいになる。俺が同級生と遊んでいる時、まだとても小さかった弟が「混ぜて」と言ってきても、俺は「今友達と遊んでいるから駄目」と、断った。そして、弟は当時の事を覚えていて、「あの時遊んでくれなかったの、ちょっと辛かったんだぜ」と懐かしげに話す。


 長い歳月を積み重ねてからしか気づく事のできない気持ちもある。それは大抵の場合、後悔とともに学ぶ。俺のように。失敗や悔いからしか、人は学べない。


 俺は思うのだけど、たとえ兄弟姉妹の間で上手く行かない関係にあったとしても、決してギクシャクしたくてしている訳ではないはずだ。誰だって、話すための突破口を見つけたいし、キッカケさえあれば堰を切ったように喋り、距離を近づけることが出来るはずだ。
 以前、姉妹の関係で少し悩んでいた友達がいて、でもあるキッカケから、今では羨ましいくらい仲が良くなっている。そう、血の繋がっている者同士、誰だって本当は話し合いたいはずなのだ。

 タイプは全く違っているけど、俺は弟の事を尊敬している部分が沢山ある。羨ましいと思う部分、それはつまり俺が持っていない部分と言う事だけど、「弟のようになれたら」と思うこともたまにある。いや、最近ではけっこうある。

* * *

 「兄貴は優しすぎるんだよなー」と弟は言った。

 「西川くん、気を使う事ないんだよ」。「晃ちゃん、人の面倒ばかり見ないで、自分の事も考えようよ」。あらゆる人に言われる。
 でも、気を使おうなんて思ってしている訳じゃない。大体、気を使ってる程の事をしてるという感覚は無かった。俺は大して気なんて使ってないとすら思っていた。気なんて使っていない、自分の相手に対する気持ちから出た自然の行為だ、と思っていた。


 想いを伝える事が下手だ。泣きたくなるほど下手だ。
 そして、その事が過去に自分の恋人をどれだけ傷つけ、失望させたかと思うと、耐え難いほど切ない気持ちになる。

 好きでありながら、淡々と振舞ってしてしまう。好きなのに、そっけないそぶりをする。


 いつの頃からだろう・・。「気持ちの一方通行は相手に負担をかける」と、俺は必要以上に思い続けてきたのかもしれない。
 「今は、相手が疲れている」「今は、そういうノリではない」・・相手の雰囲気を感じとってから動こうとする、悪い癖が知らず知らずついていたのかもしれない。

 弟が「気を使いすぎると、相手が引く時もあるからさ、もっと強気で行ってもいいよ」と、俺にアドバイスしてくれた。

 俺は一体何を恐れていたんだろう? どうして自信を失っていたんだろう? そう、俺はもっと自分の想いのままに動いてよかったはずだ。


 いい歳してるのに青臭いと言うか何と言うか、好きな人に自分の気持ちを伝える事がどうもうまく出来ない。だから相手が甘える隙を作ってあげられない。本当は、もっともっと近づきたい。でも、手を伸ばせばすぐ届くはずなのに、俺の想いは何処にも触れることはない。


 優しさって何なんだろう? 思うと胸が苦しくなる。相手の気持ちを思ってしたはずの事が、逆に相手を苦しめる。俺のちっぽけな優しさは、求められていない。俺はどうすればいい?

* * *

 と言う話を、母親が営んでいる小さな焼肉屋で、おいしい肉を焼き、頬張りながら、弟とワイワイ喋っていた。もちろん実際は笑い話のネタとして、面白く喋ったけど。でも、俺は自分のちっぽけな優しさとやらに、かなり悩んでしまっている。
 俺の家族は、過去にまぁ幾つか暗い出来事や重い現実がいろいろあったので、正直よくここまで回復したな、と想う。一時期は家族がバラバラになるんじゃないかな、とすら思ったものだった。でも、俺も家族も全てを乗り越え、楽しく気丈に生きている。

 心の痛みや哀しみ、苦境、失敗、そして喪失・・人間は何かを失う事と引き換えに、何かを学び、次へ繋げていく。悲しいけど、切ないけど、俺たちはこうして生きている。