オールドファッションを食べる

 わかりやすいタイトルだ。  そう、僕はけっこうドーナツが好きで、今でこそあまり食べなくなったが一時期はばくばくと食べていた。それは何時のことだろう?  中学時代は自らドーナツ屋さんに入ることはなかった。というより出来なかった。「男が可愛い店に入れるか~!」ってね。少年の心には様々な垣根があるのだ。  ドーナツ屋さんによく出入りするようになったのは高校の頃からだ。僕の通っていた高校は市街の中心地にあったため、学校帰りには幾多の誘惑が待ち受けているわけだ。デパート、アミューズメントビル、カレー屋、小物屋等々。まるで地雷がびっしりと埋め尽くされている平野を歩くようなものだ。必ずどこかにブチ当たり、無言の誘いに軟弱な少年の心は負けてしまう。ドーナツ屋さんにしても、いくら「可愛い店に入れるか~」と意地を張ったところで、3年間もあま~い誘惑に打ち勝つ事なんて出来やしない。  それに当時の僕にはとっておきの口実があった。彼女だ。「しゃ~ね~な」とかなんとか言って、彼女に付き合って店に入る、という体裁を取れば万事オッケーなのである。  かくして、僕のドーナツ・デビューは果たされた。  至福。ドーナツ屋さんでドーナツを食べるという行為はこの一言につきる。  様々なドーナツがウィンドウを彩り、僕に「さあ、私をた・べ・て」と甘く囁く。木製の家具で囲まれた店内は他のF・F店と違ってアットホームな雰囲気に包まれている。おまけに、バイトの選考基準に<容姿>っていう項目も含まれているんじゃねーかと思うくらい、バイトのお姉さん達はかわいかった(彼女がいたのに不謹慎ですね~)。BGMも良かった。間違っても、日本のチャートソングなんてかからない。  コーヒーを啜りながらオールドファッションを食べ、意味のない会話をしながら時間が無為に過ぎてゆく。僕にとっては、その「無為」な一時こそが至福だったのかもしれない。   今ではたまに友達とドーナツ屋に行くこともあるけど、野郎数人がのしのしとドーナツ屋にやってきてかわいい空間の一角を占拠している姿は...「んー、ちょっと」ですよね。持ち帰ることが多いかな。でも、勿論今も好きですよ、ドーナツとドーナツ屋さん。