なまらだべ!

 京都に住むようになって、今まで標準語とばかり思っていた言葉の多くが実は思い切り北海道弁だった、ということに気づかされた。

 ゴミを投げる。ゴミを捨てるという意味です(笑)。もし、知り合いに北海道出身の人(以下、道産子)がいて、その人に「ちょっと、このゴミ投げてきてー」と頼まれても、どうか思いっきりぶん投げるようなことはしないでくださいね。間違いなく、本人は気づいていないか、気づいていても思わず口から出てしまうかのどっちかです。僕は頭ではわかっていても、やっぱり使ってしまう。「ゴミ投げてー」をこのことを知らない人の前で言ってしまったら、時間止まります(笑)。
男:「さてと、今日はこの辺で打ち合わせはおしまいにしよう。」
女:「せ、先輩、よかったらこれから夕御飯でも一緒に食べませんか(どきどき)」
男:「ああ、いいよ(よっしゃー)。その前に後片づけをしないとな。じゃあ、桜子ちゃん、このゴミ投げといてくれる」
女:「えっ?」
こういう感じです。破壊力ありますよー。それにしても、一体どういういきさつで「投げる」が「捨てる」の意味になったのか出身者の僕もさっぱりわからない。北海道は広いから、ゴミ箱もどこかとんでもなく遠いところにおいてあって、いつもダイナミックに投げていたとか。

 体がこわい。体がだるい、疲れた、の意味です。別に紅白の小林幸子みたいに変身して恐ろしい風貌になるわけではありません。

 北海道弁って、標準語として使用している言葉を別の意味で使用しているから混乱を生むんだよなー、と思う。東北弁とかだったら、もう単語からしてヒアリング不可だから「ああ方言だなー」とかえって趣を味わえたりもするけど、北海道の場合、一応単語自体は会話をしている両者が共通に使っているけど、意味が全く違うから「?」を生むことになる。

 「今日のコンサートさぁ、札幌までどうやって行く?」
「うーん、バスじゃぁ渋滞に巻き込まれたりしたら間に合わなくなるしー、汽車で行こうか」
......。電車のことです。まちがっても、北海道ではもくもく煙を吐く機関車が未だに走っているんだー、と思ってはいけません。かなりの道産子は電車のことを汽車といいます。僕もそう。

 大学一年の時、英語の授業で環境問題についてのちょっとした研究発表をすることになった。その時、僕らのグループはかなり気合いを入れて取り組んで、レジュメは相当な枚数になり、冊子状にして閉じることにした。その内容はテーマの性格上どうしても堅いものとなる。それで、レジュメの一番最後に、某馬鹿ギタリストの写真を貼り、吹き出しをつけて、訳のわからん台詞を書いた。さらに、それらのスペシャルバージョンと称して、メンバーそれぞれの故郷の方言を書いたものを幾つか作った。たとえば、愛知県出身だったら「でらだがや!」というふうに。そしてその西川バージョンが「なまらだべ?」である。本当は「なまら」は「とても」とか関西弁の「めっちゃ」に当たる言葉なので「なまらだべ?」というのは厳密には正しくない用法なのかもしれないけど(でも、僕はこういう風にも使うけど)、あまりにも勢いがあって、北海道弁を凝縮した5文字なのでこれに決めた。
 しかし、これは実はメンバーの策略だった。その英語クラスには、僕の好きな女の子がいた。メンバーは彼女に西川バージョンが上手く渡るように、レジュメの配り方に細工をしたのだ。彼女は穏やかで優しい良い意味でまじめな人だったので、このユーモアが通じるのか疑問だったし、それ以上に「西川君って...変な人」と認識される危険性がかなり高かったので不安でもあった。こんな事で恋が終わるなんてあまりに情けないではないですか。
 果たして、彼女は凍り付いた。「に、西川君、これ何?」と彼女は訊いてきた。
「い、いや、これは北海道の言葉で『すごいでしょ?』っていう意味で、『うちらの発表はすごかったでしょう?』という自信を暗に表現したんだよ、たぶん」と僕は無理矢理こじつけた。
「ふぅん...。西川君北海道出身だもんね」
「え、覚えててくれたの?」
「うん。発表、すごかったよ」
僕は彼女が僕の出身地を覚えていてくれたという事実と彼女が僕を褒めてくれたということにすっかり舞い上がってしまい、その時直面していた危機のことを思いっきり忘れてしまっていた。
 そんなこともあった。

 よく北海道出身ということでまわりから時に必要以上に珍しがられ、それがちょっとだけ辛かったこともある。一度、北海道出身ということを口に出してしまうと、多くの人は僕のことを考えるときに「北海道出身」というファクターを分別不可能なものとして組み込んでしまっているからだ。できれば北海道を必要以上にネタにしたくはなかったし、できればゼロからいろいろなことを始めたかった僕としては、相手が「西川は北海道出身だから~なんだー」「西川君は北海道出身だからお酒強いんだー」などと、先入観を持ってしまうと、「いや、そうじゃないんだ」という気持ち...意地が出てしまい、なんとなく上手くコミュニケーションがとれなくなる。
 でも今にして思えば、逆に北海道出身だからこそ得られた経験や出会いも数多くあるわけで、また、ある意味では、北海道出身ということで一般的な「普通の大学生」のイメージでひとまとめに括られずに済んだ。あまり深く考え込む必要はないのかもしれない。考えすぎるのは僕の悪い癖だ。それが人を傷つけ、自分を傷つけることがよくある。
 ま、よーく考えてみれば、北海道ってところはあまりに内地(本州のことです)と異なるわけで(雪は降り積もる、マイナス21度以上になると学校の始業が一時間遅れになる、気候最高、広い等々)、みんなが珍しがるのも当然といえば当然なのだ。あまり頑なにならずに、もっともっと「ネタ」を披露してあげてもよかったかもしれない。